栃木県市貝町
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2018年1月22日 更新
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町長コラム(平成29年分)
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平成29年12月
 役所の仕事の基本となるところは、役所が守備範囲としている市町村に住む人々が、毎日安心感を持ってさわやかに暮らすことができる条件を整えることだと思います。
 このために快適な環境と安心して生活できる社会的基盤を整備することになりますが、この際、「最小に費用で最大の利益を上げる」ことが前提となります。これは鉄則ですから、いくら費用をかけても町民の健康が良くならなかったり、子どもたちの学力が伸びなかったり、利用者が増えないような場合には見直したり、時にはその仕事をあきらめなければならないことも出てくるのだと思います。
 予算の範囲で効果が上がる、質の高いサービスを提供しなければならないとすれば、思い切って民間に委せたり、使命感の高いNPO法人やボランティア団体、地域組織・自治会等と連携したりすることのほうが良い場合もあります。町があえて町民の皆さんからお金(税金)をいただいて仕事をしなければならないとするとするならば、やはり災害対応などの生命・財産の安全確保や道路、下水道などの生活環境対策、さらには、子どもたちの教育、医療・介護などの老後の安心づくりが町行政の中心になるのだと思います。これまで地方は、中央から来るお金(補助金)でそれほど町民生活には必要とは思われないような公共事業を行無理に地方経済を回そうとしましたが失敗し、すぐにどこも同じように企業誘致に取り組みました。これにも行き詰ると、今度は工場ではなく観光客の誘致に取り組み始めました。
 いつもみんなが日本全国同じ発想で、お金を出してくれるところを奪い合うことをしてきたような気がします。見落としてきた大切なことは自分の町に自分の力で回る厚みのあるエンジンを据え付けることだったと思います。これは他人が持っているものではなく、自分が持っているものです。
 町の仕事は、町が事業を決め予算を付け、毎年議会でお金(税金)をこのように使う(予算)が良いかどうか認めてもらって初めて動き出します。仕事が一年毎に終わるとお金の使われ方(決算)を認めてもらいます。このような町と議会のやり取りをずっと監視できるのが町民です。税金の無駄使いはしていなかどうか、優先順位が低いのではないかなど、しっかり監視すべきだと思います。このためには、町は仕事の情報を町民に全て公開することが前提となります。例えば究極の住民自治の姿は、自分の地域の道路整備の優先順位は地域の住民が集い決めるというものだと思います。役所の仕事にとって大事なことは、町民の生活実感であり、役所にしかできないという発想を捨てられることだと思います。
平成29年11月
 サシバが南の国に渡る季節になりました。羽田空港から1800q南西に降りて行くと、サシバの日本列島最後の休憩地である宮古島に到着します。サシバは陸づたいに南下して行きますが、飛行機で約2時間半かかります。生まれて4か月の幼いサシバが、よくもこんな遠くまで渡ることができるものだとつくづく感心しました。サシバが休むのは宮古島市の大小6つの島の中でも、市の面積の10パーセントほどを占める伊良部島に集中します。森林が残っているからだと言われますが、詳しい理由はよく分かりません。
 近海には、400種以上ものサンゴが分布し、太陽の光線の具合でまるで生き物のように濃淡のあるエメラルドグリーンに輝きます。島の北部沖合には南北10q、東西6qの日本最大の卓状サンゴ礁群「八重干瀬(やびじ)」があり、4月の大潮のころに数時間だけ海上に広大な幻の大陸が出現すると言われていますが、未だ見たことがありません。海はどこまでも透明で青く、砂浜は真っ白なサンゴの衣で満ちあふれ、中でも白く輝く砂浜が7q続く与那覇前浜ビーチは東洋一、世界一と称賛される景勝地です。
 10月3日、この光あふれる島と里山の美しい市貝町が交流都市の締結式を行いました。式には、宮古島市から下地市長をはじめ部局長、議会からは棚原議長、池間副議長などオール宮古で臨まれました。お祝いごとに多数決の議決はふさわしくないと配慮され、全員協議会では全会一致で了承されたとのことです。県外他市町村から5件も申し入れがあり、5年も検討しながら結論が出ない中で、市貝町は1年足らずで特別扱いとのことでした。
 懇親会には久貝宮古島野鳥の会顧問も出席され、東京大学大学院の樋口教授が市貝町で育つサシバに発信機を装着したところ、宮古島で越冬していたことが分かったと研究成果を披露されました。市長と久貝先生は琉球大学の先輩後輩ということでしたが、両市町民よりも早くサシバは交流していたと話を結ばれ拍手喝さいを浴びられました。
 宮古島市では、農漁家民泊が盛んに行われています。マリン体験、戦跡めぐりによる平和学習、亜熱帯の森探検など様々な体験学習を実施しています。本町も南の島の活力を少しでも吸収できればと思います。
平成29年10月
 山間部や離島だったり、冬の間じゅうずっと雪が降り続いたり、若い人が都会に移り住んでいってしまったりしたところでは、残った住民に満足な行政サービスを行うための財源は十分ではありません。それでも村に赤ちゃんが授かれば、ありったけの保健と医療を提供したいだろうし、お年寄りが庭先で転んで寝たきりになったと聞けば、住み慣れた自宅で家族に見守られながら療養できるように全力を尽くしたいと役場の職員は思うはずです。市や町や村は政治を身近に行える学校と言われ、住民が安心して生活ができるように財源の面でも保障されなければなりません。このために、聞き慣れないことばですが「地方交付税」というお金が国から地方に配られています。消費税や給与明細書に記載されている所得税などから引かれています。
 地方交付税は、「普通」と「特別」の二種類の交付税があり、交付税の9割を占める普通交付税の額は、人口10万人、面積210㎢、道路の長さが500qという仮想の市を想定し、この自治体を動かすにはどれくらいの経費がかかるかということを計算し、得られた必要経費を基に、実際にある市町村の大きさに合わせ、それぞれの自治体にかかる必要経費(基準財政需要額)を算出していきます。これに対し、収入についても、公平に課税し徴収に努める理想的な自治体を想定し、標準的な収入(基準財政収入額)を求めます。この基準財政需要額と基準財政収入額の差が交付税として配分されます。標準的な行政を行うために不足する額を芳賀郡内でみると、平成28年度決算ですが、芳賀町がゼロ、益子町が19億、茂木町が22億、そして市貝町は6億円余りとなっています。
 私たちは生まれる自治体を選ぶことができません。また、簡単に故郷を捨てることもできません。日本列島は北から南の島まで気候も地形も異なり美しい国土で成り立っています。戦後貧しい生活の中から立ち上がってきました。この島のどこに住んでも同じサービスが受けられ、生活を守ることができることは、国土を守ることにつながるのだと思います。
平成29年9月
 9月1日は「防災の日」です。また、この日を含むその後の1週間を「防災週間」と言い、災害についての認識を深めるとともに、備えを強化するよう呼びかけます。9月1日は、今では体験者も極めて少なくなりましたが、94年前の大正12年に関東大震災が発生した日であり、農事暦では「二百十日」に当たり、前後して台風が多いと伝えられてきました。このため、防災の日に合わせて全国の地方自治体では防災訓練を行うところが多いです。当町は7年前に東日本大震災の影響をもろに受けましたが、物理学者である寺田寅彦が語った「天災は忘れた頃に来る」という言葉をかみ締めて絶対に忘れてはいけません。
 しかし、災害は過去のものではありません。地震、地すべり、台風などによる自然災害は、地球が生きている限り、これからも起こります。これらの大災害を予知することは容易ではありませんが、文部科学省地震調査研究推進本部が2012年にとりまとめたところによると、マグニチュード7程度の南関東直下地震の発生確率は30年以内に70%、南海トラフ上の東海地震については、8クラスの巨大地震が想定され88%と、かなり高い数値となっています。このうち首都直下地震の被害は、中央防災会議では最悪の場合、死者約13,000人、重軽傷者約21万人に上ると予測しています。
 大地震ではぐらっと来て初めてやられたと悟るものですが、豪雨災害はこのところ毎年のように襲ってきています。2014年に広島で、翌年には関東・東北において、そして今年は九州北部で発生しました。この時現れたのが「線状降水帯」といわれる帯状に連なる発達した積乱雲でした。温暖化で海から大量に上がる水蒸気をたくさん食べた入道雲はどこにでも現れ、地球を壊す人間に悪さをします。
 このような災害に対応するため、関東地方の町と村で構成する町村会は、災害時において相互に応援し合う協定を結ぶことになりました。この協定は、生活必需品はもとより、被災者を一時収容する施設や救援・復旧にあたる職員も送る本格的な応援を行う内容となっています。首都直下型大地震の時には市貝町は応援する側に回りますが、集中豪雨が発生した場合には支援に入ってくれます。
 本町内には、豪雨災害が想定されるところとして、北部に土砂災害区域、また、南部に浸水想定区域があります。このため、町では今年度住民による自発的な防災組織である自主防災組織ができるよう技術的および金銭的な支援を行うことにしました。いうまでもなく、応急対策は、町行政と町消防団などの防災機関が防災能力をいかに発揮するかが基本ですが、日常的な生活環境の安全改善には住民の協力が必要です。防災週間を前にご一考ください。
平成29年8月
 日本の国は、昭和20年に敗戦を迎え、連合国の最高司令官であったマッカーサーの指令を受けて行政を行う、間接統治に入りました。総司令部は日本が作成した憲法案を拒否し、案を示した上でこれを若干修正させ、現在の日本国憲法として公布されました。
 憲法は、以来70年にわたり一度も改正されることなく現在に至るわけですが、現時点で改正に賛成する国会議員の数が憲法改正の案を国民投票に付することができる3分の2を超えていることから、憲法改正をめぐる日本での論戦は現実味を帯びたものとなっています。現役世代にとって最初で最後になるかもしれないこの機会ととらえ、与野党ともに言論の府を預かる自覚を持って賛否を表明する歴史的な国会論戦に臨んで欲しいと思います。
 憲法改正が必要な理由として、大地震の発生や核弾頭の飛来の時に個人の所有権や人権を合法的に制限できる条文がないことと、国家の独走を押さえる地方自治体を強力に支持する条文が未整備であることが挙げられています。地方自治体の中には、憲法第92条と地方自治法を補うため、市町村が日常的にどのような仕組みで運営されるべきかを決めた自治基本条例を定めるところが多くなっています。
 自治基本条例の内容としては、この条例が町がこれまで制定してきたたくさんの条例の上に位置する条例であることを、まず押さえることが大切です。他の条例を解釈する時や町の計画を立てたり実施したりする時に、この基本条例がその拠り所となります。そして、まちづくりをするのは、役所だけでなく、町民一人ひとりや町民がつくる組織・団体、さらに議会にも責任があるということを改めて示すことになります。町ににぎわいを取り戻したり、町民に安心を与え豊かにするのは行政のみの仕事ではなく、町民や議会の仕事でもあるという自覚を求めています。
 そのためには、行政にかかわる過去や未来の情報を役所に独占させていてはならず公開させ、町の運営も役所や議会の思いつきで行われないよう前もって計画を作らせ、その実施を監視し、時には変更させる仕組みを整えることが重要です。情報公開制度の下で情報を共有しながら、町民が参加して将来の町の姿である町総合計画を策定し、行政と町民が力を合わせてよりよい町を実現していくことが大切です。
 合併の時のように時に思い切って決断したり、赤字の垂れ流しになっている事業や施設をばっさり切り捨て中止することも必要になります。この際、町民の意見を聞くのが住民投票です。自治基本条例は、町民一人ひとりが政治の主人公なんだという意識を常に持ってもらい、まちをつくる手段なのだということを理解していただきたいと思います。
 まさに、町民自らが治める、基本となる条例が自治基本条例であるといえるのではないでしょうか。
平成29年7月
 「ノーマライゼーションを進めてください。」という質問がありました。難しい言葉ですが、誰が発言されたか分かりますか。成人の方で、福祉分野の専門家と思われそうですが、何と町長と小学生との意見交換の場で飛び出した質問です。私も驚きましたが、他に同席していた児童の皆さんにも理解できるように、小学生が普段日常生活で使用していることばを一つひとつ選びながらお話させていただきました。
 似たようなカタカナのことばにバリアフリーがありますが、これは障がいのある人が日常生活をする上でバリヤー(壁)になるものを取り除くことです。これに対して、ノーマライゼーションはもっと広い考え方で、障がい者だけでなくすべての人が人間として普通の生活ができるように、ともに暮らし、ともに生きていくことができるノーマル(正常)な社会を目指すものです。基本的人権が保障され、できる範囲内で自分の意思に基づいて行動でき、一生涯にわたって一人の人間として成長できる環境が整えられていることが求められます。
 教育の分野では障がいのある人とない人を分けて行う分離教育をやめて、一人ひとりていねいに、みんなで一緒に学ぶ教育が始まりました。また、障がいのある人も、障がいのない人と同じようにその能力と適性にあった仕事に就くことで、地域に自立した生活ができるように雇用の面で配慮がされてきています。
 例えば、車いすを必要とする人が小学校で勉強したいと願えば、段差を解消し、エレベーターもしくは手すりを設置しなければなりません。また、難病がある人が採用試験に応募してきた場合、面接では障がいの有無を尋ねることが就職差別につながらないよう慎重でなければならず、個人の情報を保護する立場から、配慮しなければなりません。某国会議員が「ガン患者は働かなくてもいいのではないか」と発言し、失言を認め謝罪しました。難病を含む障がい者やハンディのある人の基本的人権に対しては、学校、職場および交通機関などで最大限に尊重することが必要であることは言うまでもありません。
 生物の世界では必ず一定の割合で未発達な個体が発生します。微生物の培養実験で何度試みても、3割の劣性の個体が生まれることが知られています。不完全な個体が混じって形成される集団では、お互いに守り合って全体として強い健全な群れをつくることが証明されています。人間の社会でも障がい者を閉め出した後に残る集団は、弱くて脆い社会だと思います。まちを障がい者や高齢者などにとって暮らしやすい場所にすることは、そこに住むすべての人にとって、きっと呼吸のしやすい優しいまちになるのだと思います。
平成29年6月
サシバが桜前線ともに北上してきました。道の駅サシバの里いちかいの北側周辺の里山の中に営巣しているようです。初夏を思わせるまぶしい陽の光に羽を透かしながら、上方に飛び上がるサシバは美しいです。そろそろ抱卵し、六月に孵化して幼鳥のピックィーという鳴き声を聞くことができるようになることでしょう。
このサシバが縁で交流を深めている都市が日本一サシバが渡る沖縄県宮古島市です。四月二十七日に当町で開催された全国芝ざくらフォーラムには、特別ゲストとして下地市長さんが来町されました。宮古島は平坦な島なので島一杯に花を植栽したいと抱負を語って帰島されました。
市長が来町される五日前に、私は宮古島で開催された全国トライアスロン大会に招待されました。招待者は内閣総理大臣(代理)と県知事の他、他自治体では市貝町長のみでした。内閣総理大臣がご招待されるのは、国技である大相撲大会と宮島のトライアスロン大会だけに内閣総理利大臣杯が授与されるからだと説明を受けました。
市貝町にも芳那の水晶湖にトライアスロン大会が誘致されることになっているので、事前研修も兼ねての視察となり、大会役員と同じ行動をすることになりました。
大会当日は午前三時起床、四時半に市役所前出発の臨時運行バスに乗り込みました。夜明けの遅い南海の真っ暗な浜辺で準備体操する選手に寄り添いながら、スタートを待ちました。空が白んでくると海がコバルトブルーに染まっていきました。そっと選手達の顔をのぞくとすでに紅潮していました。水泳三キロ、自転車走行百五十キロ、走り四十二・一九五キロのまさに鉄人レースの始まりです。合図が響くとドジョウのように千六百人の腕が日本一美しいといわれる前浜ビーチに突き出しました。後で分かったことですが、自転車で百五十キロも走るので足は温存して使わないとのことでした。約二時間後自転車レースに移ると、私はパイナガマビーチに直行し、選手に補給水を配るボランティアの配置に着きました。次から次へと空きボトルを投げてくるので回収に回りました。給水所があることを知らないで思いっきり通過していく走者がいるので、今度は看板の前に立ち一台一台に合図を送る役になりました。千六百の一人ひとりに二十九度の炎天下背広を着てモモヒキと長袖シャツをまくり上げた風変わりな中年が合図を送るので大層目立ったようです。
私が驚いたのは、「エイド一〇〇b」の看板を指差す度に、必ず選手一人ひとりがうなずいてくれたことです。中には体を起こし笑顔で応じてくれた人もいます。人はことばを介さなくても心と心が通い合うことが確かにあるのだということを、改めて知り感動した次第です
平成29年5月
 続谷側から町道塩田続谷線を北進すると大きなカーブに当たり、七世紀ごろ造られたといわれる塩田横穴墓群が左手に見られます。この城の大手門のような岩の門をくぐると桃源郷が広がります。塩田、見上、竹内の三つの集落がありますが、西の台地である塩那丘陵が開拓されて、塩田新田ができて竹内が東と西に分かれました。見上には塩田川によって、険しい谷がつくられ露出した地層には約二億年前の海底の堆積岩を見ることができ、二千年前の貝や木の化石も採集できます。今から二五〇年前、徳川家康の百回忌法会が開催されたときには、塩田村が鹿沼宿の増助郷に指定され、幕府役人などの交通の便を図るために人馬を提供したと、名主石川八三郎(当家信市氏)の古文書は伝えています。
 この他に昭和63年から15年かけて国の事業である芳賀台地農業水利事業が行われ、芳賀郡の「芳」と那須郡の「那」を採って芳那の水晶湖という外周1.4qの調整池が造られました。このとき吐き出された150万立法メートルの土砂をしきならして造成されたのが現在の芝ざくら公園です。全体面積は八ヘクタールで、約25,000株の苗が植えられています。濃いピンクの花はダニエルクッション、ドレスのような淡いピンクはオータムローズ、品のある紫はオーキントンブルーアイ、そして気高い白はカルビデスホワイトです。
 デザインは、市貝町には大谷津に小貝川の源流ならぬ「上流端」があるということから、中央に小貝川の流れをあしらい、また、東京大学の「日本のタカ学」において市貝町が絶滅危惧種2類のサシバの高密度営巣地域と紹介されていることから、北側の斜面にタカの飛翔する姿がデザインされています。
 芝ざくらは多年草と呼ばれ導入時は手間がかからないものと思われていましたが、調整池の粘土質の土砂をならした公園であるため水はけが悪く育成不良や害虫に悩まされました。平成24年度より管理を地元の自治会でつくる芳那の水晶湖ふれあいの郷協議会に依頼するとともに、官学連携により、町と包括協定を結んだ宇都宮大学の技術支援を受けながら効率的な管理に努めているところです。
 芝ざくら祭りは今回で12回目を迎え、27日には東日本で芝ざくら公園を持って花祭りを開催している自治体や関係機関をご招待し、芝ざくらフォーラムを開くことになっています。第1回は北海道の滝上町で開催されましたので、第2回ということになりますが、園芸家の講演を聞いた後、観光地の責任者による意見交換がありますので、町民の皆様のご参加をお待ち申し上げております。
平成29年4月
 梅の花の香りが甘く漂う中、市貝中学校の卒業式が行われました。このたちは、私が小学生のころからよく知っている子どもたちです。私は忙しいので、あいさつ文は当日の朝書きます。この日も生徒達一人ひとりの顔を思い浮かべながら、入学式集合前までかかって書き上げました。ところが、あいさつの時間はわずか5分と言われてしまいました。大事なところも削っては拾って、骨だけの文になってしまいました。
 式場に着くと卒業生は廊下にズラッと並んでいました。みんな大きく立派になられ感無量でしたが、出会う女子生徒達が次々に私に「サシバの話ししてね」と声をかけて来ました。一人だけではありません。ずっとです。
 さあ、大変です。持ち時間は五分です。皆さんがあいさつをしている間、さらに朱色で自分のあいさつ文を削り、サシバの話しを無理矢理付け加え、登壇しました。
「サシバが飛び立たったというお便りが南の国から届きました。サシバの親子は数十羽、数百羽で暖かい南の国へ渡るときでも家族の単位を崩さず、子どもを真ん中に大事にかくまって助け合い、山の上を海の上を飛んで行きます。桜前線と一緒に上がって来ますが、沖縄から奄美諸島の間を何回も往復するようです。この先で親に振り切られるのが分かっているのか、子鳥をなだめるのに時間がかかっているとも言われています。気温や風向きをしっかりとらえると、一気に北上し、紀伊水道辺り(和歌山と徳島との間の海域)で家族がバラバラなることがとりつけられた発信器で分かっています。一人前になったサシバは子育てするのにたくさんのエサを必要とすることから、このまま家族一緒に飛んでいけないことを知っています。
 しかし、一人になったサシバの子どもは寂しくなんかありません。これから新しいパートナーを見つけて子宝を授かり、家族をつくる目的を持っているからです。自分が親から与えられた愛情を今度は自分の家族に精一杯注ぐのです。
 卒業生の皆さんも、今日添野ヶ丘を飛び立ちます。別ればなれになっても、次の目標をしっかり持って頑張って生きて行ってください。人生は大変です。苦しみを少しでも少なくするために、人生に目的を持って生きてください。」
 今日の卒業生は、日本学生科学省県展覧会で最優秀賞に輝いた他、高円宮英語弁論大会に郡代表となるなど立派な成績を収められました。また、郡市陸上大会では、男女総合で準優勝を獲得、卓球、柔道、バスケットとともに運動においても大活躍をされました。その姿がメディアに報じられ、町民に自信と誇りを分けてくれました。
 この子たちの一人でも多く、サシバのように帰ってきてくれることを願って止みません。
平成29年3月
 「サシバが日本一ということですが、町民も日本一ですよ。みんな心が純粋で教えたことが全部身についていく。これは、町民が補助してくれなどと町にぶらさがったりせずに、自分たちで頑張ろうという、そういう素直な気持ちがあるからですよ。」
 手放しで市貝町民を絶賛したのは今、市貝町内の鴻之宿、大久保、荒宿そして文谷の4つのモデル地区で元気づくり体験体操を指導している元気づくり大学の大平学長さんです。町民や職員を前にしてお世辞を言ったのではなく、会場に来た私を見つけて耳元まで擦り寄られ、町民一人ひとりを見ながら、さも感動したという表情をして、ひそひそ声でおっしゃられたことばです。
 大平学長は、順天堂大学を卒業後、三重県旧大安町に入り健康福祉課長に就任しましたが、スカウトされてNTTの社員の健康管理を任されてきた方です。人間の生活機能の基本は、地球の重力にあらがって立ち上がり歩行をすることだと持論を展開しておられています。だから、高齢になっても筋肉を残すことが最も重要なんだと何度も強調されており、元気体操の目的は身体の筋肉の維持・増進にあると断言します。
 大平学長は、高齢者の寝たきりをつくらず最期まで元気で逝こうとかけ声をかけられ、全国にこの体操を普及しようと頑張っておられます。私が学長に誘われて視察に向かったのは福島県伊達市でしたが、市内の公民館、集会所300箇所において5,000人が参加し、この体操をしていることを知り驚きました。この他、九州、中国、中部、関東、東北と徐々に広まり出し、厚生労働省もこの動きに注目しているとのことです。大がかりな機械、器具などの設備を必要とせず予算も安価な上に、自治会などの小さなグループで、しかも自治公民館という高齢者が歩いて行ける所でも簡単にできることから、お年寄り同士の見守りや助け合いが自然にでき上がっているということに着目されているようです。
 元気体操を指導するために、何千人、何万人と見てきている大平学長が「市貝町、最高ですよ。こんな純粋な町民は他にいない。町長、サシバもいいですがね、町民が日本一ですよ。」と大きな目で私の瞳をのぞき込んでおっしゃられると、私もたじたじとなり、喜びと感激でいっぱいになるのでした。
 私は思います。サシバが日本一、世界一毎年市貝町にやってきて子どもを育てるのは、市貝町の町民が純粋で優しく温かく見守ってくれるから・・・だと。
平成29年2月
 平成23年度市貝町立市貝中学校の卒業生が、1月7日開催の成人式に参加するために、市貝町の町民ホールに集まってきました。新成人たちは、市貝中学校の第二学年の教室において震度6強を記録した東北地方太平洋沖地震に被災した青年たちです。
 新成人は、校舎はもちろん、体育館にも戻れないにもかかわらず、部活動も勉強も優秀でした。体育大会において卓球が男女ともに団体優勝したのに続き、サッカーも優勝しました。陸上も水泳も上位入賞を果たし、目を見張る好成績でした。また、芸術祭においては合唱と合奏の両部門で金賞を獲得、書写道でも金賞、日本学生科学賞および英語弁論大会ではともに優秀賞を、さらに青年の主張において優秀賞に輝いた木村さんは、県公館で知事をはじめ来賓を前にし、発表する機会を得られました。こうして、みなさんと成人式において再びお会いできるとは夢にも思っていませんでした。玄関でいち早く木村さんを見出しあいさつを交わし、君が代斉唱では横山君が指揮で大根田さんが伴奏でした。宣誓は生井君で、謝辞は森君でした。皆立派になられ、見違えるように成長されていました。さぞかしご家族の方々はお喜びのことと推察申し上げます。
 若い新成人の皆さんは、可能性に満ちあふれています。人口の減少に伴い需要が減り、企業は既存の事業を縮小し、新たな需要を追って事業転換を迫られます。この過程で失業が発生しますが、自分で再教育を受けキャリアを積んで再就職を果たさなければならなくなります。企業は社内研修を省略し、即戦力となる者を選び雇用するようになり、終身雇用は保障されず厳しい競争社会に突入します。
 このような中で、人間らしい生き方を選ぶ若者も出てきます。上司に人格まで操られる仕事に生活の全部を染められた人生ではなく、ほどほどにサラリーマンをやりながら命を育む農業を副業にして自由な時間を楽しむ半農半Xの生活をしてみようという若者が近年増えています。しかし、この二つの生き方は相矛盾するのもではありません。定年後はぜひ、自分の命が地球という宝石の惑星に支えられて生きているのだということを身体に感じながら、終着点を迎えてみたいという希望は叶う願いです。
 新成人の皆さんには、幸いなことに市貝町というふる里があります。いくつになっても変わらない美しい野山と人々のぬくもりが温かく迎えてくれることでしょう。必ず帰って来られることを心からお待ち申し上げ、お祝いとさせていただきます。
 頑張って下さい。
平成29年1月
 ミネルバのフクロウは黄昏どきに飛び立つと言われます。人々が暖かい明かりを求めて、営みを止め家の中に戻るころ、フクロウはまるで人の一日の働きを総括するかのように舞い上がり、高い木の上から下界を見下ろすのです。
 私も町民の皆様に二期目の重い職務を課されてから、最後の一年を迎えることとなりました。三年間の自分の作為を振り返り、町民の皆様とお約束したことがどれほど実現できたのか、そして、残った仕事は何か、未解決の問題があれば実現のために全身全霊をかけて頑張らなければならないと、自分を奮い立たせているところです。
私が町政に臨む基本的な考えは、命や安全にかかわることは第一に優先させ、建てた後に光熱費や修繕費など維持管理費のかさむ箱物の建設は必要最小限にとどめ、切り詰めた余力で福祉や子育てなど町民生活をきめ細かく支えるサービスや、これに携わる人づくりの充実に努めることでした。赤羽から上根に至る町道に歩道を設置したのをはじめ、続谷から塩田に抜ける町道の改良に国の補助を用いながら初めて着手し、小学校統合でお約束した文谷から杉山までの拡幅と歩道の設置を県にお願いし、着実に進めているところです。また、長年の課題であった、診療を受けた場合に中学三年生まで窓口での支払が生じないようにするとともに、温暖化に対応するため各小学校に空調設備を整えています。さらに、病気の早期発見や予防のために各種健診を軒並み無料にし、予防接種も助成しています。
このような思いきった施策は、私の議員在職中には、何度町に要望しても財政を理由に実現しなかったものですが、こんなに容易に実行できたのも職員が町民福祉を優先して励んでくれたお陰です。
町民の皆さんから選挙を通じて負託された事項のうち残された課題は、一年前から実施している移住、結婚、出産、入学という切れ目のない人口対策を緻密に検証することであり、六年がかりで取り組みが始まった自治基本条例を完成させることです。同様に七年前に公約に掲げた脳卒中死亡率全国ワーストワン(当時)から、女子栄養大学の指導を得て脱却することです。
さらに、元気づくり体操の効果を確認しながら、町内全区域に拡大することも必要だと思っています。病院に行く回数が減った、体の機能が回復した、話すのが楽しいなどの声が届いていますが、地区ごとの集まりを通して絆が深まり、集落内の支え合いの仕組みが再生できるものと信じています。
新たな課題として構想を練っていることは、作物を丈夫に育む土づくりと高齢者の介護度が県平均より高いということを踏まえ、この対策を講じるとともに、病院でなく、住み慣れた自宅で家族に看られながら「支える医療」サービスが受けられるようにすることです。
フクロウは黄昏になってはじめて舞い上がりますが、サシバは夜も渡っていることが分かってきました。私も昼夜の別なくサシバの里で安全安心を紡いでまいりたいと思いますので、ご協力お願いいたします。
「断而敢行 鬼神避之」(史記)
本文終わり
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